2019年09月16日

秋田との繋がり VOL 2

どんよりとしていて秋雨の走りの様な感じの真壁地方です。
先日の台風15号により被災された方々にお見舞い申し上げます。

さて、秋田訪問にもう一つの目的でした角館のお祭り。
先輩からや友人が行ったこと有り、その時の話を聞いていまして一度は見てみたい祭の一つでした。
行ったことがある友人と何度も話しをしていたのですが、互いに地元の祭の運営に当たっていた役職だったので、
中々行けずにいました。
今回も予定が合わず仕舞いでその友人とはまたの機会になってしましました。

真壁と角館時同じくして江戸の初期に山車によるぶっつけ合いの祭が始まったようですね。
なでぶつけるかというとどちらも城下町道幅が狭く山車同士がすれ違うことが出来ない道幅や路地で出会い頭でどちらが優先にと通るかの決着の仕方としてぶつけての決着としたようです。
そらから時が流れ、現在真壁では町内巡行で、出会い頭になら様に他町内に入る時には『道路拝借』という通行許可を得てからの運行となりますので、出会い頭にバッタリとはなら無い為ぶっつけ合いの実力行使にはなりません。

一方、角館では未だにそれが残っており、時代の流れにより『観光やまぶっつけ』として、日にち・時間・場所を決めて行われています。
この観光ぶっつけは、やま同士が正面衝突させ、それを3回行います。本来のぶっつけ合いは正面衝突の後、押し合い山通しの先端が競り上がり、
二台のやまがウィリー状態になります。その競り上がった状態で勝敗を決める様です。

今回はそのぶっつけ合いを見ることは出来ませんでしたが、また、機会があった時には見学してきたいと思います。


今回の締めに、当真壁でも何時かまた、喧嘩山車の復活があればと願うばかりです。






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posted by やまちょう at 11:33| 茨城 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月11日

秋田との繋がり

前回更新から、早っ二ヶ月・・・。
放置していたにも関わらず多くの方々がご覧頂いておりまして感謝の気持ちでイッパイです。
有り難うございます。

先日の台風15号の中、私用で秋田訪問をしてきました。
秋田は茨城には関わりが深い土地で一度は訪れたい所でした。

当地真壁を納めていました真壁氏。
真壁氏は関ヶ原合戦時佐竹氏に仕えていた。佐竹氏は西軍の毛利側の上杉景勝についていたとされ、この戦いに敗れ1602年に出羽国(秋田県)へ国替えを命じられて仙北市の角館に転封されました。(この時は石高の明示はなく、後に20万5千8百石(実高40万石)を与えられ常陸の半分しか与えられなかったと言います。豊臣政権下時は常陸水戸54万5千8百石で第8位の大大名で有ったようです。)
この時に家臣として真壁氏も出羽国に随行しました。

この後真壁を納めましたのは、浅野長政公で5万石の隠居料として浅野氏の領地となりました。(浅野氏は後に赤穂へ転封となり赤穂事件と繋がってゆく。)
現秋田県知事の佐竹氏は本家ではなく分家の佐竹北家で角館の武家屋敷内に住んでいるようです。

佐竹氏が納めていた当初の頃家臣一人、家老渋江政光氏が藩内の山林を調査し保護・管理に努めました。
その時に次の様に指摘をしたそうです。
『国の宝は山になり、しかれども、切り尽くす時は用に立たず、尽きざる以前に備えを立つべし、山の衰えはすなわち国の衰えなり。』

う〜ん・・・。
『国の宝は山になり、山の衰えはすなわち国の衰えなり。』
深いな・・・。


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また、能代に行ってないので、次回は能代の製材所に行く事を目標としましょう♪

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posted by やまちょう at 18:00| 茨城 ☁| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする